成年被後見人とは、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者で、家庭裁判所より後見開始の審判を受けたものをいいます(民法7条、8条)。
「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある」とは、痴呆・知的障害・精神障害等により、事理弁識能力(法律行為の結果が自分にとって有利か不利かを判断することができる判断能力)がないことが、通常の状態であることをいいます。
通常の状態において事理弁識能力がなければいいので、たまに事理弁識能力が回復することがあっても、大部分の時間において事理弁識能力がない場合も該当します。
成年被後見人には、家庭裁判所により成年後見人が付されます(民法8条、843条1項)。
家庭裁判所が勝手に後見開始の審判を行うことはなく、配偶者や親族等が家庭裁判所に対して成年後見開始を申し立てなければ、成年被後見人となったり、成年後見人が選任されるということはありません。
成年後見制度には、後見、保佐、補助の3つの類型がありますが、成年後見は最も本人の判断能力が低下している場合の類型になります。
被保佐人については、「被保佐人とはなにか」をご覧ください。
成年後見制度を利用できるのは、あくまで、「精神的障害により判断能力を欠いた」場合に限られます。
身体障害などで法律行為を行うことが難しいなどという場合には、成年後見制度を利用することはできません。
したがって、成年後見が利用されることが多いのは、高齢で認知症が進み痴呆状態にある場合や、精神障害などがある場合ということになります。
成年被後見人となると、成年被後見人の法律行為は、成年被後見人本人や成年後見人が取消すことが可能になります(民法9条・民法120条)。
このように、成年被後見人の法律行為を後から取消すことができるので、成年被後見人が本人の利益にならない行為をした場合でも、成年被後見人を保護することができます。
たとえば、一人暮らしの高齢者が、訪問販売などで熱心に勧められたことから、不必要であるのに高額の商品を買ってしまったということがありえます。
また、所有している不動産を売却する必要はないのに売却したり、逆に必要がないのに購入したりといったこともありえます。
このような場合でも、クーリングオフができる契約であればクーリングオフ期間であれば取消しができますが、クーリングオフ期間を過ぎてしまうと、取消しをすることができません。
しかし、成年被後見人に選任されていれば、クーリングオフ期間を過ぎていても、契約を取消しをすることができます。
法律行為の相手方が、いくら成年被後見人であったことを知らなかったとしても、成年後見人らは当該法律行為を取消すことができます。
仮に成年後見人が成年被後見人の法律行為に対して、事前に同意をしていたとしても、後に取消権を行使することは可能と考えられています。
また、成年被後見人が行った法律行為が特に成年被後見人にとって不利益ではないような場合には、成年後見人はこれを追認して有効な法律行為とすることができます。
実際に法律行為の取消をしようという場合には、取引の相手方に対して、内容証明郵便を送付するなどを行うことになります。
成年被後見人であっても、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、取消すことはできません(民法9条)。
「日常生活に関する行為」には、電気・バス・自動販売機などの利用は該当すると考えられています。
これら以外の個別具体的な取引に関しては、個々人の資産等、収入、生活状況等、具体的な事情を考慮して判断するものと考えられており、被後見人の資産状況や生活状況によって、異なる可能性があります。
成年被後見人は、特許出願や請求その他特許に関する手続をすることができません(特許法7条1項)。
民事訴訟の訴えの提起などの訴訟行為もできません(民事訴訟法31条)。
ただし、離婚訴訟などの人事訴訟に関しては、意思能力があれば成年被後見人本人も行為をすることができると考えられています。
したがって、特許出願や民事訴訟の提起などは、成年後見人が行う必要があります。
成年被後見人となった場合、印鑑登録をすることができなくなり、印鑑登録証明書の交付を受けることができません。
参考:印鑑の登録について(海老名市)
https://www.city.ebina.kanagawa.jp/guide/todokede/inkan/1002825.html
以前は医師や弁護士、公務員といった資格に関して、成年被後見人は欠格条項であり、成年被後見人になると直ちに資格を喪失することとされていました。
しかしながら、法改正により、各制度ごとに必要な能力の有無を判断することとなり、成年被後見人であることをもって資格喪失することはなくなりました。
なお、株式会社の取締役に関しては、現在でも欠格条項があり資格の制限を受けますが、今後改正が検討されるということです。
参考:成年後見制度利用促進ニュースレター第17号(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/newsletter-17-2019.7.3.pdf
以前は成年被後見人は選挙権・被選挙権を喪失する旨公職選挙法に規定されていましたが、現在では改正され、選挙権・被選挙権は認められています。
成年被後見人が自ら投票することが難しい場合には、代理投票により補助者が代わって投票用紙に記載することになります。
参考:成年被後見人の方々の選挙権について(総務省) http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/news/touhyou/seinen/index.html
本人の精神能力により法律行為が無効になる制度として、民法上、成年後見制度のほかに、意思能力がない場合があります。
意思能力がないというのは、自分の締結する契約などの意味内容をまったく理解・判断する能力がないことをいいます。
両者は似た制度ですが、意思能力の有無は個別の法律行為での判断になるのに対し、成年被後見人の場合、家庭裁判所により成年被後見人に指定されると、画一的に処理されるという違いがあります。
したがって、仮に、成年被後見人が法律行為の時点で事理弁識能力があったとしても、成年被後見人であるため、その行為は取消可能ということになります。
民法7条
精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、保佐人、保佐監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、後見開始の審判をすることができる。
民法8条
後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人とし、これに成年後見人を付する。
民法9条
成年被後見人の法律行為は、取り消すことができる。ただし、日用品の購入その他日常生活に関する行為については、この限りでない。
特許法7条1項
未成年者及び成年被後見人は、法定代理人によらなければ、手続をすることができない。ただし、未成年者が独立して法律行為をすることができるときは、この限りでない
民事訴訟法31条
未成年者及び成年被後見人は、法定代理人によらなければ、訴訟行為をすることができない。ただし、未成年者が独立して法律行為をすることができる場合は、この限りでない。