遺言において、遺言執行者が指定されている場合、遺言執行者が残高証明書や取引履歴を開示請求する場合がありえます。
特に残高証明書は、遺言執行者が相続財産の確認をするためにも必要であり認められています。
また、取引履歴に関しても、遺言執行者が過去の出入金を確認して、遺言者の相続財産を調査するために必要な場合があります。
遺言執行者が金融機関に対して、取引履歴の開示請求を行った場合、認められるのでしょうか。
この点を考える際の前提として、遺言執行者に預貯金の払戻権限があるか否かに関しては、これを否定した裁判例(東京高判平成15年4月23日)も存在するものの、現在では、多くの金融機関は払戻権限を認め、遺言執行者への払戻しを認めています。
東京高判平成11年5月18日も、「遺言執行者は相続人の代理人とみなされるから、遺言執行者から遺言執行として預金の払戻請求があった場合には、銀行は払戻を拒むことができない。」旨述べています。
ただし、払戻請求権があることと開示請求権があることは別問題であり、開示請求権は、相続人が預金契約上の地位を承継したことに基づくものであることからすると(最判平成21年1月22日)、遺言執行者には取引履歴の開示請求権はないものと考えられます。
なお、相続法改正前においては、遺言執行者が相続人の代理人である(改正前民法1015条)という規定があったため、相続人が取引履歴の開示請求を行うことができる以上、その代理人である遺言執行者も取引履歴の開示請求を行うことができるとの解釈も考えられましたが、相続法改正により、改正前民法1015条は、削除されたため、相続法改正後は、改正前以上に、遺言執行者に開示請求権を認めることは難しいと考えられます。
実務上、相続人から遺言執行者に対して、被相続人の過去の取引履歴を調査して、過去に不正な出金等がなかったかどうかを確認してほしいなどと要請されることがありえます。
確かに遺言執行対象となっている財産が「すべての財産」となっていると、被相続人の不正出金者に対する不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権が存在する場合には、当該債権も遺産となることから、相続財産の調査の一環として、これを行う必要があるとも言えそうです。
しかしながら、仮に取引履歴で出金の存在が明らかになったとしても、不正出金者への不当利得返還請求権が成立するかは、相続人間で意見の対立があることが容易に想定されうるものであり、このような確定困難な債権に関してまで、遺言執行者がその存否に関して調査する義務を負っていることは通常ないと考えられます。
したがって、遺言に別段、過去の出金や不当利得返還請求権に関して記載がない場合には、遺言執行者が、取引履歴を調査して、過去の不正出金等を確認する義務はないと考えられます。