個人情報保護法は、個人情報取扱事業者に対して、当該本人が識別される保有個人データの開示請求権を認めています(個人情報保護法28条1項)。
被相続人の死後に相続人が、被相続人の遺言が偽造であるかどうかを確認するために、銀行の口座開設時に作成する印鑑届書を確認したいという場合があります。
このような場合に、相続人は、銀行に対して、個人情報保護法28条1項に基づき、被相続人の印鑑届書の開示を求めることができるかどうかに関して、最判平成31年3月18日はできないとしました。
相続財産についての情報が被相続人に関するものとしてその生前に法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるものであったとしても、そのことから直ちに、当該情報が当該相続財産を取得した相続人等に関するものとして上記「個人に関する情報」に当たるということはできない。
本件印鑑届書にある銀行印の印影は、亡母が上告人との銀行取引において使用するものとして届け出られたものであって、被上告人が亡母の相続人等として本件預金口座に係る預金契約上の地位を取得したからといって、上記印影は、被上告人と上告人との銀行取引において使用されることとなるものではない。また、本件印鑑届書にあるその余の記載も、被上告人と上告人との銀行取引に関するものとはいえない。その他、本件印鑑届書の情報の内容が被上告人に関するものであるというべき事情はうかがわれないから、上記情報が被上告人に関するものとして法2条1項にいう「個人に関する情報」に当たるということはできない。
個人情報保護法28条1項は、保有個人データの開示請求権を認めていますが、これは、個人情報取扱事業者による個人情報の適正な取扱いを確保して、個人の権利利益を保護することができるようにするためです。
そこで、上記判例は、開示の対象となる「個人情報」に該当するかどうかも、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものであるとしました。
そのうえで、上記のとおり、被相続人の個人情報であったとしても、直ちに相続人の個人情報には当たらないとしました。
また、被相続人の印鑑届書は、相続人に関するものとは言えないから、相続人にとっての個人情報とは言えないとしました。
以上からすれば、今後、個人情報保護法28条1項により、金融機関に対して、被相続人の印鑑届書の開示請求をすることは難しいと考えられます。
上記とは別に、相続人は、預金契約上の地位に基づき、被相続人の取引履歴の開示請求権を有しています(最一小判平成21年1月22日)。
ただし、この開示請求権に、印鑑届書等の開示請求まで含まれるかは議論のあるところです。
取引履歴の開示請求権に関して詳しくは以下をご覧ください。
取引履歴の開示請求
伝票の開示請求
個人情報保護法
第二十八条 本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる。
第二条 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(電磁的方式(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式をいう。次項第二号において同じ。)で作られる記録をいう。第十八条第二項において同じ。)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
二 個人識別符号が含まれるもの
6 この法律において「個人データ」とは、個人情報データベース等を構成する個人情報をいう。
7 この法律において「保有個人データ」とは、個人情報取扱事業者が、開示、内容の訂正、追加又は削除、利用の停止、消去及び第三者への提供の停止を行うことのできる権限を有する個人データであって、その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの又は一年以内の政令で定める期間以内に消去することとなるもの以外のものをいう。