相続事件の中で、「持戻し免除」とか「持戻し免除の意思表示」という用語に出くわすことがあります。
聞きなれない言葉ですが、「持戻し免除」は、「特別受益」に関連して出てくる用語です。
「持戻し」とは、共同相続人の中に特別受益を受けた者がいる場合に、相続財産に特別受益の金額を加えることをいいます。
被相続人が特別受益に関して、特になにも意思を表示しない場合には、特別受益を「持戻し」たうえで、相続分を算定するのが原則です(民法903条1項)。
しかし、被相続人がこの「持戻し」をしなくてもよいという意思を表示していた場合には、「持戻し」をしなくてもよいのです。これを持戻し免除の意思表示といいます(民法903条3項)。
相続財産3000万円と生前贈与1000万円がみなし相続財産となり、4000万円×1/2=2000万円が子A、子Bの取得分になる。
ただし、子Aはすでに生前贈与で1000万円を取得しているため、遺産からの取得分は控除される。
具体的には、以下の金額になります。
子Aは生前贈与1000万円と相続財産1000万円の計2000万円
子Bは相続財産2000万円
相続財産3000万円が相続財産となり、3000万円×1/2=1500万円が子A、子Bの取得分になる。
具体的には、以下の金額になります。
子Aは生前贈与1000万円と相続財産1500万円の計2500万円
子Bは相続財産1500万円
特別受益となるのは、遺贈の場合と生前贈与の場合があり、持ち戻し免除の意思表示の方式もそれぞれが問題となります。
遺贈についての持戻し免除の意思表示については、遺言によってされなければならないという考え方と、遺言によることを必要としないという考え方があります。
遺言による特別受益不動産の取得について、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示を認めなかった事案として、大阪高裁平成25年7月26日決定があります。
生前贈与についての持戻し免除の意思表示には、特別の方式は必要ありません。生前贈与において、持ち戻し免除の意思表示が明示的になされることは少なく、多いのは、黙示の意思表示があったかどうかが争われる場合です。
相続人の1人が遺言により被相続人の有していた不動産の一部を取得したが、不動産の取得に関して黙示の持戻し免除の意思表示が認められるかが争われた事案。特別受益不動産が遺産全体の4割を占めた。
「抗告人に対する特別受益は本件遺言によるものであるところ、本件遺言には持戻免除の意思表示は記載されていない上、仮に遺言による特別受益について、遺言でなくとも持戻免除の意思表示の存在を証拠により認定することができるとしても、方式の定められていない生前贈与と異なり、遺言という要式行為が用いられていることからすれば、黙示の持戻免除の意思表示の存在を認定するには、生前贈与の場合に比べて、より明確な持戻免除の意思表示の存在が認められることを要すると解するのが相当である。また、このような生前贈与との方式の相違に加えて、本件の場合、被相続人が相続開始時点で有していた財産の価額に占める特別受益不動産の価額の割合は四割であること(〔五四一万〇四二六円+五九八一万九六〇〇円〕÷〔九七六三万五五七四円+五四一万〇四二六円+五九八一万九六〇〇円〕≒〇・四〇〇)からも、黙示の持戻免除の意思表示の存在を認定するには、民法の相続人間の公平の要請を排除するに足りる明確な持戻免除の意思表示の存在が認められることを要するものと解するのが相当である。」
上記のように述べ、黙示の持戻し免除の意思表示の存在を否定しました。
本裁判例では、遺贈についての持戻し免除の意思表示が、遺言によることまでは必要とは述べていませんが、「明確な持戻し免除の意思表示の存在」が必要と述べています。
黙示の意思表示があったかどうかについては、贈与の内容・価額、贈与の動機、被相続人と受贈者との関係、被相続人と相続人の経済状態、他の相続人との関係や、他の相続人が受けた贈与の内容・価額等を総合考慮して判断するものと考えられています。
以下のような場合には、持戻し免除について、黙示の意思表示があったと認められやすいと言えます。
東京高決平成8年8月26日は、夫が妻に対して自宅の生前贈与を行ったという事案ですが、持戻し免除の意思表示があることを認めています。
一度持戻し免除の意思表示を行った場合でも、被相続人はそれを自由に撤回することができると考えられています。
持戻し免除の意思表示がなされたとしても、遺留分を超える受益をした場合には、遺留分権利者は遺留分侵害額請求をすることができます(民法903条3項)。
民法903条
1.共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2.遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3.被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。